龍の都 京都

山河襟帯の地、京都に残る古代を感じる景観(古代景観)にスポットを当て、神社の秘密、龍(オロチ)への信仰、龍(オロチ)を鎮める龍女について、京都の神社プロガイドが書いていきます。

美しさの後ろにある恐怖  龍の都へ

傾国の美女という言葉があります。同じ意味で、傾城の美女という言葉もあります。

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傾国つまり国を傾ける、傾城つまり城を傾ける、そういう美女です。つまり、その存在自体が、国や城を滅ぼすというわけです。

 

私は、この傾国の美女、傾城の美女こそ、龍女の中の龍女だと捉えています。

 

これは、その美貌によって、国王や城主が溺れさせ、国や城を滅ぼす(結果的に滅びる)女性を表した言葉で、龍女の陰の一面を表しているのです。

 

歴史上の人物だいうと、私が一番、このパターンだと思った女性は、あの淀君淀殿)です。

 

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絶世の美女だったかどうかはわかりませんが、太閤秀吉が彼女に溺れたのは有名なお話です。秀吉が溺れたと同時に、秀吉と豊臣家の状況は悪化していった、そして、最後には豊臣家は滅び、大阪城は落城します。

 

まさに傾城の美女です。

 

淀君の淀という名前、まさに水に関係する名前で、なんとなく私は龍女を感じます。

 

ちなみに、淀君のお母さまは、絶世の美女として知られる、お市の方、そう信長の妹です。嫁いだ浅井長政、そして柴田勝家、いずれも落城して亡くなっています。

 

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まさに母も傾城の美女でした。そして、琵琶湖のそばで、亡くなっているのが、少し、いやとても気になるところです。なぜなら、

 

琵琶湖は龍の一族が棲む場所だからです。

 

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ここまで書くと、龍女というのは怖い存在だと思われるかもしれません。だから、昔の人々は、口伝えに伝えてきたのだと私は思うのです。

 

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