ヒメヒコ 女神と男神が成すカタチ 龍の都へ
神社には、多くの姫神が祀られていて、信仰の対象となっています。
その姫神たちは、神話に登場し、その神社の始まりのモノガタリで大切な役割を演じています。
夫である男神を支えたり、神の子を出産されたり、まさに神々の中心として活躍されているわけです。
そういった女神たちの原型は、土偶に見られます。有名な縄文のビーナスなどがそれにあたるのです。
まさに荒ぶる大地を鎮める巫女の象徴であり、彼女たちのチカラ(霊力)で、大地は鎮まっていったと私は思います。
このブログの一つのテーマでもある龍および龍女とも、この古代の巫女は深い関係があり、現在でもその遺伝子を受け継いでいるのではと私はイメージしています。
そういう女性は、感覚が優れ、感覚で行動し、感覚で理解しようとします。この感覚は、危うさと同居していますが、そこに学び(論理)があると、安定するのです。
それが、古代のヒメヒコの関係です。
いわゆる男神・女神の存在こそが、ヒメヒコの関係であり、物事を動かしていくカタチなのです。
京都には、こういうカタチで祀られている神社が多いです。例えば、
松尾大社(正式な名称:まつのおたいしゃ・通称:まつおたいしゃ)
海の女神(ナカツシマヒメ)と山の男神(オオヤマクイノカミ)が祀られています。
松尾大社は、「尾」という文字が付く名称に、私は龍(おろち)の痕跡を感じます。
海のオロチと山のオロチが、ヒメヒコとしてカタチを成す、そんなイメージのお社です。
龍の都へ 京都ツアー