出雲がつなげる神と人の縁 龍の都へ
人と人の縁というのは、不思議なものです。結ばれたり切れたりを繰り返し変化していきます。あるいは、ずーっと続く縁もあったり、全く縁がなかったり・・・様々です。
それは、まさに神のみぞ知るということで、縁結びのご利益が生まれ、縁結びの神社が人気があるのです。
さて、縁結びの神社といえば全国的な知名度といえば、やはり出雲大社(いずもおおやしろ)ですが、これは近年の風潮だと言われています。現在は、あの神様の中でもモテ男神である大国主命(おおくにぬしのみこと)が祀られていますが、幕末まではあのスサノヲノミコトが祀られていました。(下の写真は、元出雲 京都の出雲大神宮)
古代には、大国主命でしたが、長い間、祭神が変わり、再び復活したわけです。と同時に、現在見ている出雲大社は、いろいろと近年になって変化した神社でもありますが、それはまた後日。
さて、その縁結びの神社ゆかりの出雲の人々が、京都で平安京以前に活躍していたことは、あまり知られていません。
渡来系の秦氏は有名でも、出雲氏といえば島根県の出雲でしょうというのが、一般的な感想です。
でも、この出雲氏、元は奈良の三輪山山麓にいて、のちに京都へ移動し、さらに出雲へ追いやられたという説があります。その他、様々な説があります。
京都には、亀岡(出雲大神宮)、上高野(伊多太大社跡)、出雲路(幸神社・下鴨神社など)と、その痕跡が残る場所が点在しています。
こういう痕跡を見つけて意識していくと、神社での面白い発見があるのです。そして、それは、神々との長い縁結びの始まりとなります。
龍の都へ 京都ツアー 龍蛇神を祀った出雲族の痕跡を辿って・・。