埋もれた神々の痕跡 龍の都へ
京都は平安遷都後の輝かしい歴史が強烈なため、平安遷都以前のことがあまり語られないし、世間一般的にも興味がもたれないのが現状です。
つまり、隠されたというより、埋没した歴史が、平安遷都以前の歴史なのです。
それは、記紀神話の成立前後と似ています。古事記は壮大なファンタジー、日本書紀は、国の正式な歴史書ですが、日本人がメインでは携わっていない大本営発表バージョン(笑)
まさにヒト型の神々のサクセスストーリーで彩られています。しかし、そこには滅ぼされた、失われたストーリーがたくさんあるわけです。
京都も同じです。特に藤原氏は、その自らのサクセスストーリーで歴史を変えていったのは明らかです。
しかし、平安遷都以前は、多くの古代の氏族が京都でそれぞれ活動していました。
やはり私は、出雲氏(出雲族)こそ、京都でも鍵を握る一族だと考えています。特に、上高野にあった伊多太大社や鴨川(賀茂川)源流部の雲ケ畑といったメジャーではない土地にある痕跡は重要です。
写真は、伊多太大社跡と伊多太の森(京都市左京区上高野)。伊多太大社の伊多太の神は、湧水の神です。ちなみに、伊多太の神は、この地だけで祀られる出雲の神で、湯立神事の湯立(ゆたて)は、この伊多太が語源とされます。
最近、私は出雲族、それも京都の出雲族の動きにとても関心があります。
ちなみに、上の写真の伊多太大社跡がある伊多太の森は、私の育った地の近くであり、現在の伊多太大社の祠がある崇道神社は産土神社(うぶずなじんじゃ)です。
イズモ 出雲 この一族をフィルターにすると、いろいろ見えてきます!
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